横尾弘一の「野球とともに生きている」season3
今年はまだ東京にいます。
アマチュア球界の逸材のつもりだったのに……
ベースボール・マガジン社から
『2008ドラフト候補逸材図鑑』が送られてきました。
昨年まではアマチュア球界逸材名鑑だったのに、
なぜタイトルが変わったのだろう。
アマ球界の逸材なのか、ドラフト候補なのかは大きく違います。
アマ球界で技術力、人間力ともに優れ、
将来の野球界を引っ張ってくれそうな選手が“アマの逸材”。
「彼は使える」とプロのスカウトさんが独自に判断して
ドラフト会議で指名しようとリストに載せているのが
“ドラフト候補”で、野球の技術面では高い選手が多いですから、
“ドラフト候補の逸材”というのは少しおかしな表現です。
僕個人としては、我々のような第三者が
「誰がプロに入れるか」という視点でアマチュア選手を語るのは僭越。
そこで、特に優れた点とともに彼らを紹介しようという
スタンスで取り組んでいるつもりです。
だから、アマの逸材だと思って仕事をさせてもらい、
本になったらドラフト候補になっているのでは少し困るんだよなぁ。
パウエルはバファローズ、ホークス、どっちなの!?
広島出張2日目は雪……
感慨深い一日
『グランドスラム31』の取材で倉敷に。
倉敷オーシャンズのグラウンドに伺い、
田頭欣士監督と、かつて日本石油でプレーした
野島正弘さんの対談取材をしました。
同期で社会人を代表する遊撃手だったお二人の歩みを
たっぷりと話していただき、
10年以上前にペイペイだった自分が必死に
彼らを取材していたことも思い出しました。
この企画は、創刊15周年記念企画のひとつ。
そう、『グランドスラム』も創刊16年目になりました。
28歳で創刊に立会い……そうだよなぁ、もう43歳になるんだから。
倉敷で取材後は、野島さんと広島に戻ってきて一杯。
(野島さんは今、広島勤務なのです)
何か感慨深いものがあった一日でした。
今年初のオフ!!
プロ野球選手名鑑の校正だ
来ましたねぇ……プロ野球選手名鑑の校正が。
これ、各社の競争の影響なのでしょう、
ここ数年は年ごとに校了が早くなっていきます。
それに反して、新外国人の獲得や交換トレードは
春季キャンプ開始以降も行なわれるようになっていますので、
何だか中途半端なものを出すような心苦しさがあります。
それでも、間違いゼロを目指し、
赤ペン片手に必死で校正をしなければ。
僕にとっては800名強のデータチェックですが、
掲載される選手にとっては“自分のプロフィール”であり、
どんな小さな間違いでもガッカリするものですから。
月曜日まで頑張ります。
とんねるず野球部の新メンバー
とんねるず野球部のキャプテンから、
今年度の春季大会の登録簿が送られてきました。
僕の名前は……あった!!
とりあえず、野球人生34年目のシーズンも現役で迎えることができました。
ちなみに、今年の目玉新加入選手は、野口晃生内野手。
堀越高、亜細亜大では井端弘和選手(中日)の1年後輩で、
卒業後は社会人のローソン、シダックスでプレーしていた強者です。
チームが攻守両面ともパワーアップするのは確実。
2月17日の練習開始日が楽しみです。
僕はキャンプ取材で行けないけど……。
OBが温かく後輩を見守る新日本石油ENEOS
新日本石油ENEOS野球部のオフィシャルウェブサイトで、
『わが青春に悔いなし』というコーナーの
取材・執筆をしています。
これは現役、OBに関わらず青春時代の思い出を中心に、
OBには在籍した当時の野球部のエピソードなども伺っており、
今日は2月分の取材のために群馬県高崎市へ。
1993年に都市対抗で7度目の優勝を飾ったチームが
成熟していく様子を詳しく話していただき、
興味深かったのと納得したのとで大変楽しい時間を過ごしました。
この取材を通して感じているのは、
新日石のOBは本当に野球が好きで、チームを離れたあとも
自分のスタンスで後輩たちを見守っているということ。
「ご自身の野球人生を通して後輩たちへのメッセージを」
とお願いすると、実に素晴らしいお話を聞くことができます。
もうすぐ1月分の大久保秀昭監督がアップされます。
興味のある方は、ぜひ。
クライマックスの規定がまた変わる!?
プロ野球実行委員会が行なわれ、
試合時間を短縮するために、
今季から投手交代時などの所要時間を
全球場でスコアボードに表示することを決めたそうです。
本来、攻守交代は2分15秒以内、イニング途中での投手交代は
2分45秒以内と決められていますが、守られていないというのが現状。
監督、コーチ、選手の認識をあらためるのが目的だそうです。
また、セ・リーグはクライマックスシリーズで
リーグ優勝チームに1勝のアドバンテージを提案しました。
昨年は、優勝できないと思っていた巨人が、
1勝のアドバンテージを拒否したそうですが、
優勝したのに日本シリーズへ出場できなかったのは、
1勝のアドバンテージがなかったからだと考えたのでしょうか。
今年は、このアドバンテージに泣かされたりして……。
プロ野球界で様々な制度や規約が新設、改正される度、
巨人の都合を考えてしまうのは僕だけではないはず。
特にクライマックス・シリーズの規定については、
コロコロと変わりすぎて嫌になってきます。
球界の盟主を自負するならば、もっと大らかな態度でいたほうが、
勝利の女神にも愛されると思うのですが。
岡本投手が人的補償で埼玉西武へ
フリー・エージェント権を行使して
中日と契約した和田一浩選手の人的補償として、
和田選手の旧所属球団である埼玉西武は
岡本真也投手を指名しました。
28名のプロテクト選手を決める際、
落合博満監督も相当に悩んだようで、
「できれば誰も出したくなかった」と本音を覗かせました。
ただ、新人と外国人選手以外で28名を選ばなければ
ならないとなると、こういうことになってしまうのでしょう。
厳しいプロの世界ですから、安っぽい同情はしたくないのですが、
人的補償という制度がFAに絡んだ両球団にとって
本当に有益なものであるか、ほかによりよい制度はないのかなど、
さらに検討を進めていく余地はあるのではないでしょうか。
個人的に言えば、FA補強をした球団は、翌年のドラフト権を
譲渡するというメジャー・リーグの方法論も
一度はテストしてみてもらいたいと考えています。
FA市場に目玉選手がおり、翌年のドラフト候補にも
ビッグネームがいる時、巨人はどうするのか見てみたいので。
松岡さんは今年も天津ライオンズに
「来年も天津ライオンズで指導できることになりました」
松岡功祐さんから、嬉しそうな声で電話がありました。
松岡さんは、九州学院高、明大、サッポロビールでプレーし、
1966年の一次ドラフトで大洋(現・横浜)から1位指名を受けて
プロ入りしました。11年間の現役生活を終えると、
スコアラーやコーチを歴任し、1990年からスカウトに。
「ファームのコーチとして、自分が獲得した選手を育ててみたい」
という夢を抱きながら、逸材を求めて一年中走り回ってきました。
2006年に、横浜が天津と提携したのを機に、
天津の春季キャンプで臨時コーチを務めると、
その情熱的でわかりやすい指導が選手たちに好評で、
昨年は春季キャンプからシーズンを通して指導していました。
そして、暮れに帰国すると、球団から突然の解雇通告。
“スカウト部門の若返り”という名目で、
横浜ひと筋に40年も汗を流してきた松岡スカウトは
球団を去ることになったのです。それを知った時、
「大矢明彦監督がどんなに頑張っても、現在のフロントでは勝てない」と実感。
松岡さんのことを案じながら、新しい年を迎えました。
しかし、松岡さんの指導で2年連続優勝を果たした天津は、
「今年も松岡コーチを」と横浜に強く要望したようで、
松岡さんは横浜と1年契約を結んで天津への派遣コーチとなりました。
本当によかった。
なお、今年のアジアシリーズでは、中国も選抜チームのチャイナスターズではなく、
中国リーグの優勝チームが出場するとのこと。天津の躍進が楽しみです。
「もう時効」の話は面白い
今日は名古屋で対談の取材。
高校、大学、社会人と活躍し、
日本代表も経験したものの、
所属企業チームの活動休止によって第一線から退き、
現在は高校野球の監督として甲子園を目指している
二人の野球人に、色々なエピソードを伺ってきました。
同世代の野球人とお話をすると、
どうしても脱線が多くなってしまいますが、
「もう時効ですよね」と笑いながら語られる
内容は最高に面白い!!
早く読者の皆さんにも伝えたいとわくわくします。
さて、誰と誰のどんな対談だったのか、
もうしばらくしたら、この日記に詳述します。あしからず。
日本語の乱れにショック!!
今月の5日に行なった、ドラフト注目選手の
対談のゲラ刷りが送られてきました。
内容は確かに自分がしゃべったことなのですが、
その日本語の不正確さに落ち込みました。
「もう少し日本語として正しく直して原稿にしてよ」というのも本音ですが、
言葉を仕事にしている者が、
これほどいい加減な日本語を口にしているのかと思うと、
ゾッとする感覚がありました。
明日も対談取材がありますから、
話し言葉にも気をつけようと決意した次第です。
大丈夫か、IBAF!?
3月7日から14日まで台湾で開催される
北京オリンピック世界最終予選の取材の準備を始めようと、
国際野球連盟(IBAF)のホームページにアクセス。
ちょうど、出場8チームの旗が並んだインフォメーションが
あったので、“SCHEDULE”の部分をクリックすると……。
確かにスケジュールは出てきたのですが、
これは昨年11月に行なわれたワールドカップのもの。
会長にアメリカのハービー・シラー氏が就任したため、
オフィシャルサイトの管理もアメリカの会社になったようですが、
それからというもの、情報の更新は遅いし、
大会中の記録はメチャクチャだし、加盟国のリンクもいい加減。
“JAPAN”がないから、どうしたのかと思えば、
何と“CHIYODA-KU”になっていたりします。
オリンピック競技への復活を目指している世界の野球界ですが、
大丈夫なのか!? IBAFは!!
新日本石油ENEOSの選手名鑑撮影
草野球仲間の新たな船出
今年で43歳になりますが、
まだ現役引退の決意ができずに草野球を続けています。
僕が所属するのは“とんねるず”というチーム。
その名の通り、1986年にタレントのとんねるずが
自身のラジオ番組の中でチームを結成し、
それが23年も続いています。
結成当時、21歳で長打力抜群の三番打者だった僕も、
今では試合前のウォーミング・アップのために参加しているようなもの。
周囲からは「戦力外通告」の視線を痛いほど
浴びせられていますが、「あと1本ホームランを打ったら」などと
都合のいい理由をつけてベンチに入れてもらっています。
今年の活動もそろそろ始まりますが、
それに先立って、部員のひとりがある高校に赴任することが決まりました。
我がチームには、国際線の機長、アパレルの社長さん、
メディア関係者、海外を飛び回る商社マンなど、あらゆる職種の
ビジネスマンがいますが、高校野球の指導者になった人はいません。
戦力的に彼が抜けるのは痛いのですが、
新たな船出にエールを送りたいと思っています。
なお、我がチームでは新入部員を常時募集しております。
興味のある方は、ぜひ。
がんばれ!! シティライト岡山
4月4日に発売予定の社会人野球総合情報誌
『グランドスラム』の選手名鑑更新作業をしています。
今年の僕の分担に“シティライト岡山”という新規参入チームがあります。
岡山市では、34年ぶりとなるチームの誕生になりますが、
監督には元昭和コンクリートの住川順治さん、
コーチ兼マネージャーには、
昨年まで広島医療体育学院専門学校で指導していた宝田賢吾さんが就任。
宝田さんとは、指導者研修会で一度お目にかかり、
電話では何度かお話させていただいたことがありますが、
野球に対する情熱がひしひしと伝わってくる
根っからの野球人という印象があります。
地元の方々の声援も受けながら、是非とも社会人野球界に
旋風を巻き起こすチームに成熟してほしいと思います。
元気になるメッセージ
たぶん、今年いただく年賀状としては最後の一枚が届きました。
差出人の小竹重行さんは、昨年刊行した拙著
『四番、ピッチャー、背番号1』で取り上げた方。
京都商高(現・京都学園)で1973年春夏とも甲子園へ出場し、
夏は札幌商高との一回戦に1-0で勝ったものの、
高松商高との二回戦は0-1で惜敗。
その年のドラフト会議で阪神から3位指名を受けましたが、
これを拒否して同志社大へ進学し、再びプロからドラフト指名
されることはなく、社会人の日本新薬で野球人生を終えた方です。

『昨年は貴重な本を作成して頂きありがとうございました。
私の宝物です』

たった一度、私が原稿を書くためにお会いしただけなのですが、
その後、執筆した内容の確認などで、
何度か携帯電話でやり取りをしました。
ある時、本に書かれた内容が本当の自分の気持ちではなかったと、
最後の校正中にもう一度話をしていただいたことが
強く印象に残っていますが、そんな小竹さんから
こうした年賀状をいただいたのは、とても嬉しく思いました。
この本については、
読者の方々からもたくさんのメッセージをいただきましたが、
僕たちの仕事はこうした声に支えられています。
元旦から一日6000字ペースでの執筆が続いて少し疲れていましたが、
少し元気になってパソコンに向かいました。
社会人野球も動き出す
元・三菱重工長崎監督で、昨年のIBAFワールドカップでは
日本代表コーチを務めた小島啓民氏を取材。
今年の初夏に刊行する本のためのインタビューです。
小島さんとは10年以上のお付き合いになりますが、
指導者としての手腕はもとより、
一人の野球人として、常に野球界の将来を
考えている姿勢を尊敬しています。
今回も、こちらでお願いしていた内容に加え、
現在のアマチュア野球界が直面している課題などについて、
たっぷりとお話を伺いました。
明日からは社会人野球の指導者研修会が行なわれます。
盗塁は盗塁……という時代じゃない
プロとアマチュア合同の日本野球規則委員会が開かれました。
プロでは、今年から点差が大きく開いた場面で選手が盗塁した場合、
メジャー・リーグと同様に盗塁を記録しないことを決めたそうです。
ちなみに、適用する点差については、公式記録員が試合展開を見て判断するとのこと。

とうとう、この日が来てしまいましたね。

これまで、『盗塁』の記録については、
日本では、投球の間に次の塁へ到達したという事実に
基づいて記録されていましたが、
今後はアメリカの規則書に倣っていくということです。
確かに、昨年の東京ヤクルト×横浜で大量リードの横浜が
盗塁した際に、古田敦也監督が激怒するなど、
点差のある展開での盗塁は
「傷口になお塩を塗り込むプレー」として見られています。
でも、僕の中には
「あれは石川雄洋選手の記念すべきプロ初盗塁なんだよな」
という古臭い日本的な考え方もあり、
どんな場面で走っても、盗塁は盗塁にしてほしいとも思っています。
早速、プロ野球の公式記録員の方に伺ったところ、
僕の考えは「最近では数少ない貴重な意見」とのこと。
う~ん、そうか。このことは、もうしばらく考えてみます。








にっぽんの高校野球VOL.4
大阪から帰京すると、
原稿を執筆した本や、新たな原稿の校正刷りが
いくつも送られてきていました。
年末にバタバタと仕事をしたものが、
これから次々と本になっていきます。
僕の書いた原稿が今年最初に本になるのは
『にっぽんの高校野球VOL.4』で、
1973年の作新学院×柳川商のゲーム、
また三菱ふそう川崎の垣野多鶴監督の
高校時代の思い出です。
よろしければ、ぜひ。
人的補償で移籍する選手は大変だ
フリー・エージェント権を行使して阪神と契約した
新井貴浩選手の人的補償として、
赤松真人選手が広島へ移籍することになりました。
プロ野球選手に移籍はつきものと言えばそれまでですが、
新しい年になり、気持ちも新たに
一軍定着を目指していた赤松選手としては、
新婚さんということもあってキャンプ・インまで
引っ越しやら何やらで慌しい日々になりそうです。
ただ、同じようにFAで中日と契約した和田一浩選手について、
埼玉西武は中日のリスト次第で人的補償の選手を選ぶようです。
中日には、さらにキャンプ目前になって移籍する選手が
出てくるかもしれない。これは気持ちの切り替えも含めて大変です。
例えば、FA選手を獲得した球団は、それと同時に
28名のプロテクト選手名簿を提出することはできないのか。
もしくは、メジャー・リーグのように、
ドラフト指名権を譲渡するなど、他の補償方法はないのか。
すべての選手にベストなパフォーマンスをしてもらいたいと
思う立場からすれば、日本野球機構にはもっともっと選手の
立場を考えた制度、規則などの導入に心を砕いて
もらいたいと思います。
ところで、昨日の日記がなぜアップロードされなかったのか
理由が判明しました。山崎武司選手の『サキ』の漢字で
外字を使用したため、直せというメッセージが出ていたのを
無視したからのようです。なるほど。
北海道日本ハムの梨田昌孝監督との仕事は無事に終了。
本は3月中旬に発売予定なので、
詳しいことは追ってお知らせします。
福留選手がハワイでの自主トレに出発
あれれ、書いたはずの日記が
アップロードされていない。
メカに弱いものですみません。
さて、梨田昌孝監督との仕事を夕方に終えると、
シカゴ・カブスへの入団が決まった
福留孝介選手から久しぶりの電話。
「あけまして、おめでとうございまぁす!」という
威勢のいい声で元気になりました。
毎年恒例となっている東北楽天の山崎武司選手らとの
自主トレに向かう中部国際空港からでしたが、
ハワイではいつものようにバットは一切振らず、
下半身をしっかりと苛めて19日頃に帰国。
2月中旬の渡米に備えるそうです。
本拠地のリグレー・フィールドが住宅街にあるカブスは、
市との取り決めによって年間18試合しかナイトゲームを
行なうことができず、ほとんどデーゲームというチーム。
でも、「僕は昼間の試合の打率はいいんですよ」と、
自信を持っており、
「あとは本拠地の球場に早く慣れることですね」と
意気込みを話してくれました。
3月初旬にはアリゾナへ行って、
メジャー1年目のスプリング・トレーニングを取材するつもり。
福留選手は、うちの息子や娘にも、ホームランを打った際に
ボールやシャオロン人形をくれるなど、
家族ぐるみで応援している選手のひとりです。
大活躍に期待しています!!
今年のジャイアンツは強いのか
昨年末から、北海道日本ハムの
梨田昌孝監督と仕事をしています。
捕手出身の梨田監督は“見ること”に優れた方なので、
その見方をテーマに本を作っているところです。
その梨田監督は、チーム編成の話題になった際、
このオフの巨人の外国人補強をバッサリと斬りました。
確かに、横浜の守護神マーク・クルーン、
東京ヤクルトからセス・グライシンガーと
アレックス・ラミレスを獲得したのは、
巨人ファンからも行き過ぎだという声を聞きましたし、
ラミレスがレフトだから谷佳知をセンターにまわして、
ライトが高橋由伸だから……と考えると、
若い戦力が出てくるところがありません。
監督にとって、戦力は豊富なほど有り難いものでしょうが、
ここまでくると原辰徳監督もどう感じているのか
知りたいところです。
中日の落合博満監督は、
「そういう補強をしたって勝てないんだから」と
まったく恐れていませんが、果たして今季の戦いやいかに。
明日は朝から大阪入りして、
梨田監督と2日間ほど仕事をしてきます。


今年は大学生の野手が面白い!!
今年初めて外での仕事がありました。
ベースボール・マガジン社から月末に
刊行される『アマチュア球界逸材図鑑』という本の中で、
週刊ベースボールでアマチュア担当の記者さんと
2008年の注目選手について対談しました。
今年は大学生の野手に魅力のある選手が多いので、
そのあたりの話を中心に、2時間弱お話をしてきました。
個人的には、豊かな将来性を感じられる
キャッチャーらしいキャッチャーの台頭を楽しみにしています。
特に高校生の情報があったら教えてください!!
やっぱり江川は怪物だ
地味な趣味ですが、
高校野球の甲子園大会のビデオを
コツコツと収集しています。
最近の試合は、CSで再放送したものを録画できますが、
さすがに昭和40年代のものはなかなか手に入りません。
先日、江川卓投手が3年夏の柳川商高(現・柳川高)との
試合のビデオを借りることができ、
さっそくDVDにダビングして何度か観ています。
高校時代の江川投手の記憶は、
さすがにボヤーッとしてきていたので、
あらためてピッチングを見ると、その凄さに圧倒されます。
ストレートの速さ、大きなカーブ、マウンドでの表情……。
このあと水野雄仁、桑田真澄、松坂大輔と、
甲子園で活躍した投手の試合も観てみましたが、
やはり江川投手の醸し出す威圧感は抜群ですね。
今年は、あの手この手を尽くして、
この時代のビデオを集めてみたいと思います。

シーズン・オフは何をしているの?
「野球のライターって、シーズン・オフは何をしているの?」

よく聞かれる質問です。
でも、私の場合は11月から2月の4か月間が、
一年の中でも最も“地獄の期間”です。
野球界はシーズン・オフですが、
シーズン開幕に合わせて刊行する選手名鑑の編集があるから。
メジャー・リーグ、日本のプロ、社会人、大学を
抱えているため、4か月がかりでようやく間に合うという
目まぐるしさで、もちろんその間の休日はほとんどありません。
これで選抜高校野球が入ったらどうなるのかと、
考えただけでもゾッとします。
ですが、選手名鑑の仕事というのは、
一人ひとりの選手のプロフィールをあらためて確認し、
前年の成績を参考に来るべきシーズンへの期待を
書きますから、一年間の仕事のベースになる大切なもの。
体調管理に気をつけながら、寒中マラソンのような
気持ちで毎年、取り組んでいます。
ちなみに、今年は他にイレギュラーな仕事も多めに入っているので、
昨年中にMLBやNPBの大部分をフィニッシュしました。
あとは社会人や大学だ。でも、まだまだあるなぁ。
年賀状から伝わる意気込み
田澤純一投手の原稿を書き終えると、
我が家のポストにはたくさんの年賀状が届いていました。
もちろん、ほとんどが野球、出版関係者の方々からなのですが、
お互いに忙しかったり、仕事で会うチャンスがなかったりして、
すっかりごぶさたしている方の近況を知ってビックリすることも。
知らない間に結婚して、きれいな奥さんとの
ツーショットで笑っている、やんちゃな若手選手。
現役を退き、新たな世界に飛び込む決意を書いている同世代の友人。
特に社会人野球は、すでに野球と離れた人たちが転勤、昇進、
転職、現場復帰など、様々な思いで新年を迎えています。
本日、2日の時点で最も印象に残っている決意表明は、
中日ドラゴンズの金剛弘樹投手からのもの。

『野球ができる幸せを感じ、一日一日頑張ります』

金剛投手は、社会人時代から面識があり、
何度もドラフト指名に漏れながら諦めなかったという
経緯もあって、個人的にも思い入れの強い選手のひとり。
投手王国の中日へ入団し、一軍のマウンドに立つこともありますが、
まだプロで完全にブレイクしたわけではありません。
でも、昨年はウエスタン・リーグで最多セーブにも輝いたし、
今年は本当に勝負の年だと思います。
大守護神・岩瀬仁紀投手につなぐ役割を担えるか。
春季キャンプから金剛投手をネチネチとチェックしてみようと思っています。
あけましておめでとうございます。
野球を愛する皆様、
あけましておめでとうございます。
ライターという仕事を始めて10年という節目の年に、
何か新しいことに取り組んでみようと思い、
自分が一年間に現場で体験したこと、
原稿を書きながら考えたことなどを
書いてみることにしました。
とりあえず、今年の年越しは
新日本石油ENEOSの田澤純一投手の原稿を
書きながら迎えました。